仕掛け仕掛けられ

2015年05月21日 22:03

演劇のWSへ参加。
久しぶりに誰も知らない現場で、おばさんは隅っこで一人のびのびしていたのでした。
ショートシーンを創作しながら感じた事をぷわっっっと膨らませて、の、メモ。



心躍るものを創作するには
人が本気になる仕掛けをつくればいい。
その前提にあるのは
「人はそうそう本気にはならない」
という事実。

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正確には「本気にならない」のではなく、「なれない」のではないか。
日常の訓練、感覚、体調、プライド、ストレス、相手や空間への信頼など
・・・全てをひょいっとクリアできればいいが、なかなかうまくはいかないもんだ。(上手くいかなくてもいいけれど)
人が意識をクワッと開くような「仕掛け」があると、観る人も、やる側もある程度のレベルまで楽しめるようだ。

仕掛けの名称はいろいろあって
ルール決め、ダメ出し、褒め出し、アドバイス、けなし、指示、負荷付け、制限を設ける、距離感の変化、身体の変化など。
優しい飴的なものよりも、鞭的なものが多いような・・・。
本気出せ~!というのに、飴ちゃん渡しても仕方ないのか。
とは言え、心理的に傷つくような鞭は色んな現場で体験しましたが、いやはや。
身体を使った演出は疲労するけれど、一番わかりやすい、と最近思う。
飴と鞭、要はバランス。楽しんでいれば、鞭が鞭でなくなるし。

***

ショートシーンをグループで創作する時、全体で仕掛けを創るには合意が必要で、遠慮だけでも主張だけでもつまらない。
おそらく、誰もが無意識のうちに、話し合いから仕掛けているのだろう。
エゴというか、計算高いわけではなく、
仕掛け仕掛けられ、コネコネして遊んでいるといいますか。
その中でスパイスを入れてみたり・・・演劇の枠内で自由を本気で楽しむ。

WSで極上の時間を楽しみつつ、
『仕掛け』やら、人の本気やらについて考えたのでした。

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日常にも「仕掛け」は多々。よく仕掛けられて転びます。擦りむきます。
鞭を遊ぶ余裕なんかないわ、飴が欲しい。
飴欲しいよー!




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